みどりの旅路

実務と研究から自然と文化をたどる共生論・多様性論

ニホンオオカミは犬との混血?


NHKテレビ「ダーウィンが来た!」で「解明!本当のニホンオオカミ」(2023/2/19放送)を観た。

120年ほど前に絶滅したニホンオオカミ。残されていた標本は、実はイヌと交雑したものだったと判明した、というものだった。

目次

 

ニホンオオカミの標本

かつては日本全国に生息していたニホンオオカミ(北海道はエゾオオカミ)だが、その姿を伝える写真、毛皮、標本などで現在まで残っているものは非常に少ない。

 

そのひとつが、ライデン(オランダ)の国立自然史博物館(現、ナチュラリス生物多様性センター)所蔵の標本だ。

これは、「タイプ標本」と呼ばれる重要な標本である。
タイプ標本とは、新たに生物が発見されたときに、その生物種が何であるか確定(同定)するための国際基準となる標本だ。
すなわち、タイプ標本と形質などが同じであれば同種、異なれば異種と判断する際の基準だ。

 

ライデンにあるニホンオオカミのタイプ標本は、江戸時代のもので、これを送ったのは、伊能忠敬の日本地図を持ち出そうとしたシーボルト事件で有名なシーボルトだ。
シーボルトは、このオオカミ標本をはじめ、多くのものをライデンに送っている。

本ブログのテーマでもある「生物多様性」に関連すると、アジサイを初めとして多くの植物(標本だけでなく、生体も)もオランダに送付しており、日本に来た「プラントハンター」の一人ともいえよう。

詳細は、拙著『『生物多様性を問いなおす』の第1章「現代に連なる略奪・独占と抵抗」第1節「植民地と生物資源」の「日本にも来たプラントハンター」を参照願いたい。
後日、このブログでも取り上げてみたい。

 

ところで、なぜライデンかと言うと、シーボルト自身はドイツ人だが、当時の日本との交流はオランダに限定されていたため、オランダ商館の一員として来日し、長崎の出島で暮らしていたため、オランダに送付したからだ。
そしてシーボルトは、送付した日本の文物を収蔵した「日本博物館」の建設を夢見ていたというわけだ。

 

日本博物館を夢見たシーボルト展(2016年、江戸東京博物館にて)

 

先のNHKテレビ番組では、この標本の骨のDNAを最新機器(DNAシーケンサー)で調べたところ、イヌとの交雑(雑種)が判明したという。

ということは、仮にニホンオオカミが残存していて、それが発見されたとしても、タイプ標本と異なればニホンオオカミとは認定(同定)されなくなってしまう?
これは大問題!

日本人のルーツ探しなどにも登場する近年の遺伝子解析、恐るべし!

 

最後のニホンオオカミ

実は、ニホンオオカミの標本は、ライデンのタイプ標本を含めて世界で6体しか残っておらず、そのうち国内には、国立科学博物館東京大学和歌山県立自然博物館の3体が残るのみだという。

ライデン以外の標本が、正真正銘のニホンオオカミであることを祈る。

国外の3体の標本は、ライデンのほか、大英自然史博物館(イギリス)、ベルリン自然史博物館(ドイツ)に所蔵されている。

このうちの大英自然史博物館の標本が、日本で絶滅した最後の雄の個体の剥製標本だ。

本州・九州・四国に広く生息していたニホンオオカミは、明治末期に奈良県吉野の山中で捕獲されたのを最後に絶滅したといわれている。
この最後の雄のニホンオオカミの剝製標本が、ロンドンの大英自然史博物館に収蔵されている。1905(明治38)年1月23日、奈良県小川村(現在の東吉野村)鷲家口でマルコム・アンダーソンという若い米国人が猟師から8円50銭(現在価格で約17万円)で買い求めたものだ。彼は、ロンドン動物学会と大英博物館が東南アジアに派遣した、たった一人の動物学探検隊員だった。

 

北海道でも、1896(明治29)年に毛皮が輸出された記録を最後に、エゾオオカミが絶滅したと考えられる。

 

絶滅したエゾオオカミの剝製(北海道大学植物園博物館にて)

しかしニホンオオカミが最後に捕獲された紀伊半島山間部には、現在でもオオカミが生息している、ということを信じて探索している人々が、時々テレビ番組などで取り上げられたりもする。

現在でもオオカミが生息していそうな紀伊半島の山地(大台ヶ原大蛇ぐらにて)

 

オオカミ絶滅の原因には、毛皮採取の狩猟ため、家畜を襲う害獣駆除のため、ジステンバーなど伝染病のため、森林開発による生息地縮小のため、などいくつかの原因があげられる。
ひとつの原因ではなく、これらの複合とも考えられるが、真相は不明だ。

 

オオカミが絶滅した日本。
絶滅前と絶滅後とでは、何が変わって、何が変わっていないのだろうか。
オオカミだけではなく、自然、生活文化、そして人々の考え方(倫理や信仰も)について再考したいものだ。

この記事は、拙著『生物多様性を問いなおす』(ちくま新書)の第3章「便益と倫理を問いなおす」第1節「生きものとの生活と信仰」に掲載の「オオカミ信仰」を参考としています。

オオカミ絶滅による生態系影響、三峯神社などでのオオカミ信仰、イエローストーン国立公園でのオオカミ再導入などについては、またの機会に!

 

先を急ぎたい方は、上記の拙著をご覧ください。

目次(構成)などの概要は、記事「『生物多様性を問いなおす』書評と入試問題採用」からご覧ください。

 

より深く知りたい方のご参考までに

オオカミの絶滅などについては、多くの書籍があるが例えば、

 

遠藤公男『ニホンオオカミの最後 狼酒・狼狩り・狼祭りの発見』山と渓谷社、2018年