みどりの旅路

実務と研究から自然と文化をたどる共生論・多様性論

続 光るメダカで逮捕者 ―遺伝子組換えとカルタヘナ法

光るメダカの飼育と販売で逮捕者が出たことから、前回記事では遺伝子組換え生物やその取扱いに関する国際条約に基づく「カルタヘナ法」について取り上げた。
しかし、途中で息切れして(というか、あまり長文のブログもどうかとも思い)カルタヘナ法にまでたどり着けなかった。

ということで、前回記事の品種改良と遺伝子組換えの比較、その事例である緑の革命青いバラの紹介、これに関してのノーベル賞受賞とその後の評価などに続き、今度こそ遺伝子組換え生物をめぐる国際間の攻防に迫りたい。

 

目次

 

遺伝子組換え作物

伝統的な品種改良によって収穫量の多い作物などが開発され、「緑の革命」では途上国などで広く生産されて飢餓の克服に貢献したことは、前回記事の通りだ。

 

最初の遺伝子組換え商品は糖尿病などに使用される医薬品の合成インスリンだというが、伝統的に品種改良が行われていた農業分野でも、遺伝子組換え作物(GM作物)が早速登場した。

1994年に米国で最初のGM作物として市場に出たのは、 「フレイバー・セーバー」と名付けられた日持ちの良いトマトだった。

それ以来、トウモロコシ、コムギ、コメ、ダイズ、綿花、ナタネ、ジャガイモなど、多くの作物で遺伝子組換えが行われ、作付面積も世界中に広がっている。

このほかにも、多くの食料品や薬品などが、自然界の生物資源を基にバイオテクノロジー技術で生産されている。

 

グローバル企業の遺伝子組換え戦略

特にトウモロコシ、コムギ、コメ、ダイズ、綿花、ナタネ、ジャガイモなどでGM作物が広まった理由の一つには、グローバル企業による戦略もあった。

農作業の大敵に害虫と雑草がある。

 

このうち、害虫に対しては、殺虫剤を用いる必要のないGM作物も登場した。

土壌細のバチルス・チューリンゲンシス(Bt)を食べた昆虫が突然死するのに気づいたのは日本の科学者石渡繁胤だった。
しかし、殺虫剤として商品化されたのは1930年代のフランスだった。

その後、1990年代にはバイオテクノロジーの発展により、Btを組み込んだBtトウモロコシやBt綿が栽培されるようになった。

DDTなどの農薬使用を激減させるBtトウモロコシ、Bt綿、さらにBtジャガイモなどの作付面積は急速に拡大した。

 

雑草に対してもBt作物が一役買っている。

除草剤の効き目を高めるほど、肝心の作物にまで影響が出てしまう。

そこで、米国のグローバル化学企業モンサント社(2018年にバイエル社が買収)は、強力な除草剤ラウンドアップ(成分名グリホサート)を開発した。

農作物の大敵である雑草対策の除草剤開発において、雑草だけを枯らしてしまう選択性の除草剤開発は困難だ。

そこで、すべての植物を枯らす強力な除草剤を開発し、この除草剤の影響を受けない遺伝子を改変した除草剤耐性農作物品種が考えられた。

これは、除草剤と農作物品種をセットにして販売して利益を得ようとするビジネスモデルの一種でもある。

 

さらに、企業側は、自分の特許を守るために、開発品種の子孫が種子をつけられないようにする「ターミネーター遺伝子」を開発して、開発品種に組み込むまでになっている。

この結果、農民は毎年種子会社から種子を買うことを余儀なくされる。

これって、PCアプリなどのサブスクリプション(サブスク)と同じじゃん!

それだけではない。ターミネーター作物の生態系への漏出により、種子植物に種子のつかない不稔性が徐々に広がれば、生態系そのものの滅亡の恐れもあることが指摘されている。これは、害虫対策としての不妊性昆虫でも同じだ。

 

生物多様性条約とバイオセイフティ

生物多様性条約の制定をめぐっては、先進工業国と発展途上国(最近では、グローバル・ノースとグローバル・サウス、という言い方が流行っている?)の対立、いわゆる南北対立があった(詳細は後日解説したい)。

遺伝資源や遺伝子改変の安全性関連の条文は、主として途上国の主張により挿入された。

熱帯などの途上国に存在する生物資源から、先進国(実際には主に米国などの多国籍企業)は食料品や医薬品などを製品化して大儲けしている。その過程で、バイオテクノロジー(バイテク)による遺伝子組換えも行われる。

途上国は、食料品や医薬品の基となる生物資源原産国としての途上国に利益を還元し、遺伝子組換えなどの技術も移転すべきだと主張した。

先進国は、野放図な利益還元はできないし、知的財産権保護からも、途上国の主張を拒否した。

多国籍企業の議会への圧力を背景にした米国は、いまだに生物多様性条約を批准していない。

 

対立項目の一つ、バイテクによる遺伝子改変生物(遺伝子組換え生物)(LMOまたはGMO)の安全性(バイオセイフティ)とその取り扱い。

自国で生産する技術のない途上国は、LMOが自然界に放出されると生物多様性に影響があるとして、その安全性の規定を条文に盛り込むべきだと主張した。

一方、LMOを作り出している先進国(多国籍企業の意向を受けて)は、安全に配慮してLMOを取り扱っているから問題ない、それどころかバイテク産業への過剰な干渉だとして、規制に反対してきた。

結局対立は解消されないまま、生物多様性条約成立時には妥協の産物として、今後安全性に関して条約(議定書)を検討する旨が盛り込まれた。

 

カルタヘナ議定書カルタヘナ

条約を受けた度重なる締約国会議(COP)での検討を経て、LMOが自然界に放出されることによる生物多様性への影響を回避するための措置として締結されたのが「カルタヘナ議定書」(議定書:国際条約の一種)だ。

1999年にコロンビアのカルタヘナで草案が検討(採択は、翌年のカナダ・モントリオールの会議)されたことから、「カルタヘナ議定書」と呼ばれているが、正式名称は「バイオセイフティに関するカルタヘナ議定書」という。

加盟各国は、輸出の際にLMOを含んでいる場合には、LMOの明記と相手国の同意、通報などを求めている。

その後も、放出されたLMOによる生態系影響などに対する損害賠償の取り扱いなどについて対立していたが、2010年に名古屋で開催されたCOP10(MOP5)で「名古屋・クアラルンプール補足議定書」が採択された。

カルタヘナ議定書」ではまとまらなかった原状回復や賠償などについてのルールを定めている。すなわち、輸入国などでLMOによる交雑や原産種の駆逐など生態系への影響が生じた場合には、輸入国政府はそのLMOの製造・輸出入事業者などを特定し、原状回復や損害賠償、さらには賠償のための基金創設などを求めることができるものだ。

 

日本では国内法として「遺伝子組み換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律」を2003年に定めている。

これが、この前回記事の冒頭にある「カルタヘナ」だ。

カルタヘナ法では、遺伝子組換え農作物の輸入や遺伝子組換え生物LMOの実験室などでの厳重な保管、持ち出し、屋外放出などが規制されている。

光るメダカでの逮捕劇は、このLMOを実験室外に持ち出し、さらに飼養や販売を行ったことによる。

日本の遺伝子組換え食品とゲノム編集

日本にもトウモロコシ、ダイズ、綿花、ナタネ、ジャガイモなど8種類320品種におよぶ大量のGM作物が輸入され、流通が認可されている(2019年8月現在)。

輸入主要穀物の半分以上がGM作物と考えられ、この大半は、家畜飼料や表示義務のない食品加工用原料に使用されている。

また、日本では5%以下のGM作物混入であればGM作物の表示義務はなく、「遺伝子組換えでない」と表示することも可能だ。これが、本年2023年4月の完全実施からは、「遺伝子組換えでない」と表示できるのは「不検出」の場合のみとなる。 

 

遺伝子組換えだけではなく、最近では特定のゲノムDNA領域を切断して編集する「ゲノム編集」技術も実用化されている。

2020年のノーベル化学賞は、この技術を開発した二人の女性科学者ジェニファー・ダウドナとエマニュアル・シャルパンティエに贈られた。

腐りにくいトマトや筋肉量が増加したタイ(マッスルマダイ)、芽に毒のないジャガイモなどが開発され、一部はすでに市場に出回っている。 

日本の厚生労働省は、ゲノム編集食品は外部から加えた遺伝子が残っておらず、加えた変化は自然界でも起こりうるもの(突然変異など)であることから、安全性審査の対象外とすることとし、2019年10月1日から販売が解禁されている。

 

再び遺伝子組換えとゲノム編集を考える

自然の摂理を離れた、いわば神の領域にまで人類が踏み込んだとも考えられる遺伝子組換え(遺伝子改変)。

そして、自然界の突然変異と同様に、自己の遺伝子内での変換だけというゲノム編集

遺伝子改変生物やゲノム編集生物が万が一自然界に放出された場合、生態系だけでなく、人間の健康にも影響は及ぶだろうが、想定さえもつかない。

カルタヘナ議定書に加盟し、COP10の議長国となった日本でも、除草剤耐性などの性質を有したこれらの遺伝子組換え品種が輸入農産物などからこぼれ落ちたりして、私たちの知らぬ間に自然界にも広がりつつあるという。

安全性には配慮されているとはいえ、その影響の本当のところは誰も確認できていない。

かつて、自然界に存在しない物質フロンを創造し、その利用価値から夢の物質とまで称讃されたにもかかわらず、それがオゾン層破壊の元凶となった経験を私たちは忘れてはならない。前回記事の「ノーベル賞のその後」で示した緑の革命DDT農薬。

私たちの現代科学、人間の知恵とはその程度なのだ。

 

ここまでの記事は、拙著『生物多様性を問いなおす 世界・自然・未来との共生とSDGs』(ちくま新書)の第1章「現代に連なる略奪・独占と抵抗」第3節「先進国・グローバル企業と途上国の対立」に掲載の「品種改良と遺伝子組換え」、「バイオテクノロジー企業の一極支配」、「途上国と先進国の攻防」および「遺伝子組換え生物の安全性をめぐって」などを参考としています。

 

詳細は、上記の拙著をご覧ください。

目次(構成)などは、下記記事からどうぞ。

 

bio-journey.hatenablog.com

 

(以下、2023/03/30追記)

より深く知りたい方のご参考までに    

遺伝子組換えやゲノム編集については多くの書籍が刊行されているが、本記事に関連するものでは例えば以下などがある。

 

青野由利『ゲノム編集の光と闇 人類の未来に何をもたらすか』筑摩書房、2019年

「エコロジスト」誌編集部(編)『遺伝子組み換え企業の脅威 モンサント・ファイル』緑風出版、1999年

河野和男『自殺する種子 遺伝資源は誰のもの?』新思索社、2001年

小島正美(編著)『誤解だらけの遺伝子組み換え作物』エネルギーフォーラム、2015年

久野秀二『アグリビジネスと遺伝子組換え作物 政治経済学アプローチ』日本経済評論社、2002年