「ニホンオオカミは犬との混血?」記事で、三峯神社などでのオオカミ信仰について記事を書くことをお約束してからからほぼ1か月が経ってしまった。
そこで、この記事では、「人間と野生動物」の関係の視点から、オオカミ信仰をみてみよう。そして、三峯神社探訪も。
目次
オオカミ信仰の原初
人と野生動物の関係は、最近では、農作物などへの「鳥獣被害」さらには新型コロナで突如脚光を浴びた「人獣共通感染症」など伝染病や寄生虫の宿主など、もっぱら悪者扱いされることが多い。
約20万年前に誕生した私たちホモ・サピエンス(現生人類)は、自然を食糧、さらには衣服や建材、燃料、医薬品などとして利用し、時には改変・破壊さえも行ってきた。農業が開始されたおよそ一万年前から、植物の種子をまいて作物を育て、野生動物を食料(肉)や様々な素材の提供、あるいは労働力や移動手段などのために「家畜」化し、あるいは「ペット」として飼い慣らしもした。
最初の家畜ともいわれる「犬」は、狩猟犬やペットなどとして、古代の狩猟採集時代から世界各地で人類に飼育されてきた。日本でも縄文時代には既に、縄文犬と呼ばれる犬がいたようだ。
これらの犬は、野生のオオカミを飼い慣らしたもので、オオカミと犬のDNAは98.8%が同一だという。
一方で人類は、自然に畏敬の念を持ち、そこに神の存在を信じてもいた。自然信仰(アニミズム)が成立したのは、人類の歴史上普遍的でもあった。(アニミズムについては、また後日記事アップしたい)
生態系の食物連鎖の頂点に君臨する肉食動物のオオカミも、その精悍な姿と遠吠えを含む立ち振る舞いにより、人々から畏怖されてきた。
しかし、それだけではない。山の樹や畑を荒らすシカやイノシシなどの害獣を追い払う益獣とも考えられたのだ。
これらのことから、オオカミは大口真神(おおぐちのまがみ)として崇められた。
そもそも、オオカミの名も大口真神の大神(おおかみ)から由来しているともいわれている。
こうして、甲州から関東一円で、オオカミが信仰されてきた(日本各地で信仰されてきたに違いないが、直接確認していないので、今回は関東地方に限定する)。
三峯神社のオオカミ
秩父の山奥、標高およそ1100メートルの三峯神社(埼玉県秩父市)は、伝説によれば、日本武尊が東征の途中で創建した。周囲を囲む白岩山・妙法ヶ岳・雲取山の三山から三峯の名となったという。修験道の祖の役の小角や空海とも縁があるようだ。
三峯神社では、ご眷属(けんぞく)、すなわちお使い神としてお犬様を信仰している。なんでも、日本武尊が奥深いこの地に足を踏み入れた時に道案内をしたのが山犬で、その忠実さと勇猛さによってご眷属に定められたという。
ご眷属であるとともに、盗難除けや火難除けの霊力のあるオオカミが信仰され、江戸時代には10万石の格式を持つ霊地、すなわち現代でいうパワースポットとして多くの人々が訪れた。
私が訪れたのは、ある年の10月。神社参道入口の「三ツ鳥居」の両脇では、いわゆる狛犬ではなく(?)精悍な狼(山犬)が出迎えた。さらに奥の「随身門」(仁王門)など、境内のあちこちに狼が鎮座している。
数多くのオオカミ像によって護られている霧深い幽玄の山奥の地では、今日でも野生のオオカミが生息し、今にも藪影から飛び出してきそうな気配が感じられる。
三峯神社では、お札(ふだ)も狼だ。
ご眷属のオオカミ(山犬)は、深い山中に身を潜めているために、お祭りをおこなうための仮のお宮として創建されたのが「遠宮」、別名「御仮屋」と呼ばれる小さな祠で、拝殿のさらに奥の道にある。
その祠の内外は、ご眷属の山犬、つまりオオカミに護られている。
本殿脇には、私の生家もある江戸・四谷(現、東京都新宿区)の住人が奉納し た一対の狼像が鎮座している。
現代と違い、電車や自動車はないから、当然のこと歩いてきたのだろう。
はるばる江戸市中から秩父の山奥にまで参詣したのは、単に魔除けなどのご利益だけではなく、今日の観光的な意味合いもあるかもしれない。
しかし、奉納者自身は意識していないだろうが、オオカミが生息する源流部の森林を守ることは、下流の江戸の人々にとっては洪水を防ぎ、飲料水を確保することにもなったのだ。
御岳神社でもオオカミ信仰
奥多摩の御岳神社(東京都青梅市)でも、魔除けや獣害除けの霊験として信仰されている。
そして巨樹信仰
三峯神社拝殿脇には、パワースポットのご神木、「重忠杉」もある。鎌倉時代の武将、畠山重忠が植樹したと伝えられている。
拝殿脇の大杉に触れるとご神木の気が貰えるというので、滞在していた短時間でも次々と参拝客が訪れた。ご神木は、参拝客のの手当てで黒光りしているほどだ。
遠宮の近くの「縁結びの木」も、特に若い女性には人気があるようだ。
私は、「全国巨樹・巨木林の会 (kyojyu.com)」という巨樹の愛好家や関係自治体・機関が会員の団体の会長を10年以上仰せつかっている。
会では、毎年「巨木を語ろう全国フォーラム」を地元と共催で開催している。
新型コロナ感染拡大でしばらく休止となったが、昨年は第33回大会が三宅島(東京都)、今年2023年10月には第34回が階上町(青森県)での開催だ。
この巨樹やパワースポットなどについては、また別の機会に紹介したい。
この記事は、拙著『生物多様性を問いなおす』(ちくま新書)の第3章「便益と倫理を問いなおす」第1節「生きものとの生活と信仰」に掲載の「オオカミ信仰」を参考としています。
オオカミ絶滅による生態系影響、イエローストーン国立公園でのオオカミ再導入などについては、またの機会に!
先を急ぎたい方、詳細を知りたい方は、上記の拙著をご覧ください。
目次(構成)などの概要は、記事「『生物多様性を問いなおす』書評と入試問題採用 - みどりの旅路 (hatenablog.com)」からご覧ください。
より深く知りたい方のご参考までに
オオカミ信仰、自然信仰(アニミズム)などについては実に多くの書籍があるが、この記事に関連するものとして例えば、前回紹介した
遠藤公男『ニホンオオカミの最後 狼酒・狼狩り・狼祭りの発見』山と渓谷社、2018年
のほか、以下のものなどがある。
伊東俊太郎(編)『日本人の自然観 縄文から現代科学まで』河出書房新社、1995年
野本寛一『生態と民俗 人と動植物の相渉譜』講談社、2008年
菱沼勇『日本の自然神』有峰書店新社、1985年